とりあえずそこ置いといて

映画化も、ドラマ化もしない何でもない日常で感じたことや考えたことの寄せ集め

心の奥底に沈んでいるものは?

◆観た映画

『アンダーカレント』

監督/今泉力哉

出演/真木よう子井浦新ほか

2023年/143分

 

ものすごく感情が揺さぶられる映画だった。

感情が露わになる場面はほとんどなく、セリフも多いわけではないが、登場人物たちの気持ちがじわじわと伝わってきた。伝わるというよりも、自分も同じ気持ちになっているような気がした。今、彼女は、彼は、どんな気持ちなのだろうかと想像する余白がたくさんあったからかもしれない。

主人公のかなえ、失踪した夫の悟、かなえが経営する銭湯に突然やってきた堀の3人は、それぞれ何かを心に抱えているのは分かったが、それがどういうものなのかはじめは全く想像ができなかった。物語が進むにつれ、それぞれの心の奥底に沈殿したものの欠片が一つ、二つと表層まで浮かんできた。

 

印象的だったのは、かなえが、再会した夫に対して「本当のことを話して」と言ったときの夫の反応。彼は、本当のこととは何なのか分からないと言った。周囲から求められる人物を常に演じ、嘘を重ねて生きてきたから、どれが嘘でどれが本当なのか見分けがつかなくなっていた。そのことを飄々と語りつつ、時々うろたえたような表情もみせる芝居に引き込まれた。ずっと嘘をつき続けてきたが、ずっと一緒に暮らしていたことは紛れもない事実。その日常の中で芽生えた“本当の気持ち”と、嘘がバレたらどうしようという気持ちが複雑に絡み合っていることがものすごく伝わってきた。

 

映画の終盤、自分自身の話は一切してこなかった堀が、かなえに、自分が何者か打ち明けるシーンがある。そのシーンがすごく好きだ。二人で食事をしているとき、かなえが、別に好きではないのにいつもドジョウのお裾分けをもらっていることについて、「ずっと好きだと思われているから今更“実は苦手でした”、なんて言えない」と言う。それを聞いた堀は突然涙を流しはじめ、自分は何者なのかを打ち明ける。コップいっぱいの水が表面張力の限界を超えてこぼれだすように、彼の心の中に溜まっていた様々な思いが一気に溢れ出した。その繊細な表現に、私も心が揺れ動いた。自らの過去に深く関わっていることを知ったとき、かなえはどう感じたのか。二人の関係はその後どうなったのか、いろんな想像をしてしまう終わり方だった。

 

「人をわかるってどういうこと?」

この映画の大きなテーマだ。相手のことを100%分かることなんてできない。自分のことすらよく分からないこともあるのに。分かる、という言葉は普段何気なく使うが、対象が人となったとき、簡単には口にできないと感じた。その人が普段何を考えているか、どういうものが好きか、何をされるのが嫌なのか、これらを知っているだけではその人を分かったことにはならないのだろう。では何を知っていれば分かったということになるのか。もっと、こう、心の深い部分、例えば、過去のつらい出来事に対する気持ち(一見忘れているようだが、実は沈んでいるだけで何かのきっかけで思いだしてしまうこと)を知っている。そして、その痛み、苦しみを共有する覚悟がある場合にはじめて、その人のことを(100%ではなくとも)分かっている、と言えるのではないか。はっきりとした答えは見つかっていないが、ぼんやりとそんなことを思った。

 

音楽もまた素晴らしかった。ザラザラ、ソワソワする感じ…うまく言葉にはできないが、不穏だけれどもなぜか落ち着くような気もする。すうっと心に入り込んでくるようだった。