とりあえずそこ置いといて

映画化も、ドラマ化もしない何でもない日常で感じたことや考えたことの寄せ集め

水彩の記録

灰色の雲から、大きな雨粒が落ちてきた。車のフロントガラスにポロポロと当たっては弾け、その役割を終えたかのように力なくボンネットの方へ流れていく。また雨か。このところワイパーに仕事をしてもらう機会が多い。カラッとした晴天の日が恋しい。

 

そんなことを考えていると、突如、左の頬に光が当たり始めた。それは、あと数十分で沈もうとしている太陽だった。雲の切れ間から放たれるオレンジの光線。さぞ美しいのだろうと左を向こうとしたが寸前で思いとどまった。運転中だった。よそ見は厳禁だ。しかし、思いとどまったのはいいのだが、先ほどから今度は右側の視界の隅に、明らかにカラフルな何かを捉えていた。絶対にあれだ。タイミング良く信号が赤になった。思い切り見てやろうと、運転席側の窓を全開にして少し顔を外に出した。

 

虹だ。

 

灰色の背景にくっきりと浮かび上がった七色の帯。こんなにはっきりとした虹は久しぶりに見た。じっくりと眺めていたかったが、信号が青になってしまった。どこかに車を止めて見ようと思い、近くのコンビニの駐車場を拝借した。雨はまだ止んでいない。傘を差しながら、空を見上げた。傘に当たる雨音が一瞬消えたような気がした。ノイズキャンセリングイヤホンを付けているみたいに。その虹は、一つではなかった。くっきりと見える虹の外側に、薄く、色が反転した虹がもう一つあったのだ。

 

自然が生み出す美は圧倒的で、しばし言葉を失う。言葉を失う、というのは、突如としてやってくる自然災害にも同じことが言える。自然の脅威を前に、人は何の抵抗もできず呆然と立ち尽くすことしかできない。美しさと恐ろしさ、両方を兼ね備えている自然は、人の想像をいとも簡単に突破する。誰の表現物でもない、ただ条件が揃ったから出現しただけの虹を眺めていると、その美しさの裏の顔が垣間見えてゾッとすることがある。

 

ふと、傘に当たる雨音で我に返った。徐々に光が弱まってきた。まばたきするごとに、虹が薄くなっていく。もう終わりか。水彩画のように淡い虹を空に残し、駐車場だけを使わせてもらったほんの少しの罪悪感を抱えたまま、コンビニを後にした。