とりあえずそこ置いといて

映画化も、ドラマ化もしない何でもない日常で感じたことや考えたことの寄せ集め

【植物スナップ①】湯けむりと椿

露天の湯に浸かりながら、椿を見た。

少しぼやけた赤だった。

冬の朝の冷えた空気によく似合う、張りのある赤が見たかった。

しかし目の前が霞んでいた。湯けむりだ。

立ち昇る湯けむりが椿の姿を絶え間なく隠すのだった。

けむりを払おうと腕を振ったが、一向に晴れなかった。

仕方なく私は腕を湯の中に仕舞った。

それから暫く目を瞑り、湯が流れる音だけを聴いていた。

 

しばらくすると、火照った頬に心地よい風が触れた。

その風は立ちこめる湯けむりを一瞬でさらっていった。

ほんの数秒間、私は本当の赤を見ることができた。

白黒の冬景色に彩りをもたらす見事な赤だった。

それが、白いヴェールを脱いだ椿の本当の姿なのだ。

だが私は、湯けむり越しに見る椿をどうしても忘れられなかった。

目の前を遮るものが取り除かれ、やっと本当の姿を見ることができたのに、私はあの霞がかった赤を求めていた。

輪郭がぼやけて、周囲の景色と溶け合う椿は、この上なく美しかった。

美は移ろう。

見る者の心が移ろうからだ。

熱い湯に浸かりぼんやりしている間は、全てが霞んで見えるくらいが丁度よいということなのだ。