無名日々記

映画化も、ドラマ化もしない何でもない日常で感じたことや考えたことの寄せ集め

過去に学び、過去をつくる

◆読んだ本

『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』/ジェイムズ・リーバンクス、濱野大道訳/早川書房/2018年

 

羊飼い、と聞くと、自然豊かな広い土地で太陽の光をたっぷり浴びながら羊やほかの動物たちと暮らしている人、というイメージだった。しかし、そのイメージは根底から覆された。私は何も知らなかった。農場という場所は、生き物の生死が常にそばにある場所なのだ。誰かの(何かの)死を新聞やテレビ、ネットで知るのではない。羊の生殖、出産、汚物、死体処理…農場で暮らす人々が見ているいるのは、何かで覆われたり、きれいに見えるように加工されたりした命ではないのだ。

 

印象に残っているのは、筆者が「湖水地方の生活は過去と現在がいつも隣り合い、重なり合い、複雑に絡み合っている」と言っていることだ。今現在の農場経営のしかたや仕事、生活のしかたは、過去の住人たちの試行錯誤の結果であり、積み重ねられてきた膨大な知識があるからこそ今があるのだという。人も羊も死んでしまえばそこで終わり、たしかにそうとも言える。だが、その人がしてきた仕事、発した言葉、その羊が繋いだ命は脈々と次の世代に受け継がれるのだ。過去があって今がある。それは、今自分が生きていることはもちろん、生活スタイル、食事、仕事などすべてのことにあてはまる。筆者の家族と農場の物語を読んで、今自分は、未来を生きる人々にとっての過去を作っている真っ最中なのだという感覚をはじめて味わった。