◆読んだ本
『「あの戦争」は何だったのか』/辻田真佐憲/講談社/2025年
新書なので「難しいのかな…」と勝手に想像していたが、読んでみるとそんなことはなかった。読者を置いてけぼりにしないように、非常に丁寧に言葉が紡がれていた。「あの戦争」は何を指すのか、いつはじまったのか、まず教科書で学んだ知識の“そもそも”を考え直すところから始まった。そして、著者は、戦争の結末を『「他者の失敗」として距離をおいて眺めるのではなく、「過去のわれわれ」が経験したものとして引き寄せ』て考えることが歴史を学ぶにあたっての必要な姿勢だと述べていた。
立場が変われば歴史は変わる…?
そういえば、本を読む前に観た映画『宝島』の感想として、こんなメモが残っていた。あんまりうまく言葉にできなかったので、どこにも出すことなくメモのままだったが、この本を読んだ今、改めて考えてみた。
『宝島』はアメリカ統治下の沖縄を描いた物語だ。フィクションではあるが、実際に起こった出来事も描かれ、当時を生きていた島の人々の怒りや悲しみという感情が押し寄せてきた。私はその出来事を実際に経験していないし、島の人間でもない。だから、映画を観る前は、コザ暴動や米軍基地という言葉を耳にしても、教科書に記載の事実として他人事のようにとらえていた。しかし、映画を観てからは、“沖縄で起こった出来事”ではなく、グスクやヤマコ、レイ(いずれも映画の登場人物の名前)の物語としてとらえるようになった。気づくと、自分もその物語の中に入って一緒になって涙を流したり、悔しくて眉間にしわを寄せたりしていた。たった数時間で全て分かったような気になってんじゃないぞと自分を戒めつつ、確かに、歴史のとらえ方が変わった気がした。これが「自分に引き寄せて考える」ことなのかもしれない、とも思った。
脱線してしまった。本の話に戻る。後半部分では、戦時中に東条英機が外遊で訪問した地を著者自らが巡って、他国の「われわれ」に触れていた。各国の記念碑や歴史博物館の展示の内容から、「国民の物語」を見出すことができるというのが興味深かった。
「あの戦争」を考えるにあたっては、それに関連するいくつかの出来事を深く追求するだけでなく、そこに至るまでの過程や構造、他国との関係性を同時に見つめる必要があるのだということが分かった。そして、“歴史は常に現在からの解釈”というのが強く印象に残った。現在の社会情勢が変われば、人々の価値観が変われば、歴史はかたちを変えるのだ。
さらに、歴史を考えるときは、そこにいた人々の営みを想像しなければならないと思った。例えば「戦争は絶対にダメだ」という言葉。強い否定は、強い感情に基づくものだ。その感情を抱く背景を理解せずして、言葉の重さを感じることができるだろうか。私たちは過去にタイムスリップはできないが、映画やドラマ、小説などを通して登場人物の感情に触れることはできる。著者の言葉を借りれば、それが「歴史と出会い直」すことなのだ。再び出会ったときに、違った見え方がするのだとすれば、やはり歴史は知識として蓄えるものではないのだろう。